XT200でのツーリング その3の3

 しばらくして私の同級生・亡くなったOの同級生等数名が車で到着、私の同級生からOの家族へ連絡。夜半に家族が到着した。自分とKは秋田へ帰れる手段がないのでOの家族と一緒に実家へ行った。Kの同級生も2名付いてきてくれた。結局納骨までOの親類宅で数日すごすことになり、葬式・納骨でOの実家に行くとOの同級生が入れ替わり立ち替わり来ていた。
 彼らは事故について聞きたそうな雰囲気であったが、彼らへ事故のことを直接話すことはなかった。親御さんは事故の状況を警察また私たちから聞いていたので、親類や同級生には親御さんから説明があったのだろう。それでも彼らは当事者から聞いてみたいことがあったのではないかと思う。

 事故の状況は左コーナの途中でKにOが接触して転倒。Oとバイクは対面の路側帯に駐車していたトラックに突っ込んだようだ。何故Oが前車のKに接触したのかは判らない。Kも判らないと言っていた。突然ガツンと後ろからきたと言った。警察署内での事情徴収で警官がKとOがその気になっていたんじゃないの?とKに聞いてきたが、Kは「どういう意味だ!バトルのことか!そんなことはしていなかった」と激怒していた。自分もそう思った。そこまでやる技術と度胸は二人にはまだないような気がした。Kが減速したところへ疲れていたOのブレーキ操作が遅れたためではないかと思う。

 親御さん、親類の方は我々をとても気遣ってくれ責めるようなことは言わなかった。非常に辛かった。

 秋田に戻りKはバイクを降り趣味を車へ転向した。私もバイクは乗らなかった。XT200は買ったところとは違う店で売却し、スカイは後輩へただで譲った。Oのバイクを実家で見たが、ヘッドライトが破損している程度だったので意外な気がした。
2007-01-21(Sun)
 

XT200でのツーリング その3の2

 大丈夫か?次に行けそうか?と確認したら、Oは大丈夫だとのことで出発した。ボチボチと流していたが地図も持たずに出てきたので行けども行けども次の目的地にはつかない。一旦休憩。どうだまだ行くか?と二人に尋ねたらOが疲れている様子であり、また帰る時間も遅くなりそうな感じなので、残念だが引き返そうという事でUターンした。
 自分が約50mほど先行、次がKLR250のK、最後尾がFZ400NのO。それなりに流しながら、某地区の左コーナを抜けてふと後ろを確認したが二人とも来ない。変だなとスローダウンしてついには停車して待つが二人とも全然追いつく気配がない。完全におかしいとやっと気が付くまでに時間がかかり、引き返したら。。。

 先ほどの左コーナ出口付近で二人のバイクが転倒していた。Kはフラフラして立っており、Oは道路に大の字になって倒れていた。Kはとりあえず大丈夫そうだったので、Oの元に駆けつけた。何回もOの名前を呼んだがまったく反応がない。そのうち人が集まり始め救急車・警察も到着した。だれが電話してくれたのかは判らなかった。私はOと一緒に救急車で近くの病院まで行き、Kは事情徴収で現場に残った。病院は隣のそのまた隣町で大変遠かった。救急車に乗っている時間が大変長く感じられた。今、地図を確認すると遠くの町から出動してきたことが判る。

 やっと病院へ到着。救急措置がとられたようだ。かなりの時間待っていた。と、ようやく先生に呼ばれ説明を受けた。頸椎骨折の即死だった。その他腕・太ももの複雑骨折。自分はまったく信じられなかった。とんでもないことになり、とんでもないことをしてしまったと思った。取り返しがつかない。     (続く)
2007-01-21(Sun)
 

XT200でのツーリング その3の1

 約20年前の学生の時であるが、当時XT200で走り回っていたとき、十二湖へ行ってきたことをバイク乗りの二人の後輩に話をしたら、今度の休みにまた行きましょうとなった。なんだかんだで結局行けたのは夏休みの8月末だったろうか。

 目的地はまず十二湖、そして少し先の奇岩までだった。一人はカワサキのKLR250乗りK、もう一人はヤマハFZ400N乗りO。十二湖まで楽しく走り、到着地では湖見物をして、次の目的地へ出発。しかし、国道へ出る直前でOが来ないことに気が付いた。どうしたかな?と待っていると、ようやくやってきた。話を聞いたらなんと途中でこけたそうだ。当時十二湖へ行くには国道から脇道へ入る道が砂利道だった。たしか砂利・小石はひどくはないが砂道だったと思う。そのためにタイヤがすべってこけたらしい。私ともう一人のKはオフ車だったのでまったく気にしていなかったがオン車にはちとつらいものがあっただろう。用心してゆっくり走っていたとOは言ってたが。また二人とも免許は割と最近取得したばかりだった。。。(続く)
2007-01-21(Sun)
 

XT200でのツーリング その2

tatsuko.jpg

 あとあと何かにと思い当時走ったメモが二つある。えーと、ごく簡単なルートメモだ。

1)S61.5.3 田沢湖へ 
 ・秋田市(13:00)→協和町→角館→田沢湖町→
  田沢湖(15:00)→秋田市(17:45)
     帰りは河辺町和田から岩見三内経由
  
 ・距離 171km、ガス代 4L(\520円)

2)S61.5.5 青森十二湖へ
 ・秋田市(10:10)→能代市→十二湖(12:30~14:00)→
  能代市→秋田市(16:46)
   
 ・距離 229km ガス代 5.2L(\690円)

こうして振り返って見るとたいした走行距離ではない(笑
でも結構バテバテだった記憶がある。まだまだ体が慣れていなかったからだろうか?

写真は'04年7月中旬の田沢湖(辰子像)
2007-01-21(Sun)
 

XT200でのツーリング その1

XT200で走った思い出として、

秋田市→五城目町→大館市→発荷峠→十和田湖・奥入瀬八甲田・田代平→青森空港→浪岡町→弘前市→碇ヶ関→大館市→五城目町→秋田市

と日帰りで帰ってきたことだ。
 八甲田・十和田は良い所だった。田代平では雪中行軍ではないが、ちょっと道を間違えて変な方向へ進んでいた。田代平には雪中行軍の銅像と小さい記念館があり、これ以降雪中行軍に興味をもった。因みに秋田・青森・岩手の県境の山中は「××平(何々たい と読む)」と名づく場所があるが、「平」は野原あるいは平原と言う意味があるそうだ。

 弘前城では当時、三田佳子さんのNHK大河ドラマ「いのち」が放映されていたので城内は大変にぎわっていた。季節は5月の連休だったと思うのでなおさらだ。桜が咲いており城跡によく合っていた。また浪岡?あたりでは岩木山の雄大さに大変驚いた。ちょうど通りかかったときは疲れていて前方をボケーッと見ながら運転していたが、ふと右側をみたらドーンと山があってびっくりした。ちょっと考えてから、ああこれが「おいわき山」かと思い至った。

 八郎潟にも行ったがやはり広かった。元「湖」だ。進行方向の状況がよく判らなかった。いけどもいけども田圃だけだった記憶がある。結局道に迷った状態になり最初に入ってきた道に出てきたと思う(笑

 岩手の小岩井農場で牛乳を飲みたいと思い出かけたこともあった。すごくいいところだった。入口途中の道路沿いの木々に始まり、まさに農場に来たと実感できた。しかし、なぜか牛乳の販売を見つけられずにアイスクリームだけ食べて帰ってきた(笑
2007-01-21(Sun)
 

初めてのバイク購入 ヤマハXT200

xt200.jpg

 中免をとって冬・春休みの間にバイクを買うべくバイトをした。で、学校の近くのバイク屋でヤマハXT200を中古で購入。たしか10万?くらいだったかな。色は白青。おまけで前オーナのオフブーツが付いていたが、足のサイズが合わずに引き取れなかった(笑。
 中古だったけど調子は良く、中免入門用として自分にあっていたと思う。ベースはXT125で、排気量だけ200ccにアップしただけの車体。私が乗ったのは'84年にマイナーチェンジしたモデルらしい。同級生が前モデルのXT200を所有していた。本格的なツーリングを始めたのはこのバイクから。。。
 画像にちらっと見えているが乾燥重量98kg!軽い~!!
言わずと知れたヤマハセローXT225のベース車。

S60年?月~S61年9月('85~'86年)頃、所有。
2007-01-21(Sun)
 
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